ベトナム 日本 国際結婚 あれやこれや

weddingfor.exblog.jp

日本人男性とベトナム人女性の国際結婚をお手伝いする Wedding for happiness のブログです

ブログトップ

ベトナム建国の父 革命家 ホーチミン 2

以前書いた故ホーチミン主席についてのお話の続編です。
彼の生涯を短く振り返ってみます。


ホーチミンは、儒学者としてベトナム最後の王朝
阮朝に仕えた父の子として1890年に生まれ
若いころは船のコックとして、宗主国フランスをはじめ
アメリカ、アフリカ、ロシア、中国など
世界中を旅して見聞を広めました。

第一次大戦のころには国際的社会主義運動に加わり
グエンアイクォック(阮愛国)と名乗りフランスにおいて
ベトナム独立のための新聞の発行などを行いました。
その後はロシアの大学で共産主義の理論などを学び
中国において革命運動の実際を経験します。
ベトナム語、中国語、フランス語、ロシア語、英語の
五カ国語を読み書きできました。


第二次大戦でフランスがナチスドイツに敗北し
ベトナムにおいて力を失うと、かわりに日本が進出してきました。
機会ととらえたホーチミンはベトナムに帰国し
ホーチミン(胡志明)の名前を名乗り
ベトナムと中国の境界の山岳地帯に革命軍を育成し
中国南部とを行き来しながら
独立運動をとりまとめていくことになります。


そして日本の敗戦を機に大国たちの思惑のすき間をついて
北ベトナムをまとめ上げ、ベトナム民主共和国の独立を宣言します。

そして大戦終結後、再びベトナムに戻ってきたフランス軍を
7年にも及ぶゲリラ戦の末、ベトナムから撃退します。
(第一次インドシナ戦争とも対仏独立戦争とも呼ばれ
勝利を決定づけたディエンビエンフーの戦いが有名です)

b0355876_01563358.jpg
その後もサイゴンを中心とした南ベトナムには
アメリカの支援を受けた政権があり
ベトナムは南北分裂の時代が続きました。

しかし既に60代後半の高齢となっていたホーチミンは
実務から離れ北ベトナム政権の精神的な支柱となっていきます。

そしてその後の南北統一のためのベトナム戦争においては
国民の団結とアメリカとの戦いを呼びかけたものの
直接戦争にかかわることはなく
1968年、79歳で生涯を終えることになりました。

彼は祖国の統一、アメリカへの勝利を見ることはありませんでした。


次回へ続く。

ベトナム人女性との国際結婚紹介 Wedding for happiness
http://www.weddingforhappiness.com/


[PR]
by weddingforhappine | 2018-04-22 01:47 | ベトナム | Comments(0)